
北区桐ヶ丘。趣味やレクリエーションを通じて、日常動作訓練や精神の安定をテーマに、利用者の生きがい作りや心身機能の維持向上の援助を行う。北区が設置し社会福祉法人東京聖労院が受託運営する公設民営の施設。
自分は学校を卒業してから、番組制作など、福祉とはあまり関係のない仕事をしてきました。しかしその後、父親を看取り、さらに母親も認知症になって在宅で介護のお世話になりました。一所懸命に母の面倒を見ていただいた経験から、福祉の道に進む決意を固め、50歳を過ぎてから思い切って新たな一歩を踏み出しました。
昨年秋から介護老人施設で働き始め、今年6月からは現在の施設に移り、仕事をしています。地元に住んでいますので、この施設については以前から評判を聞いていて、いつか働いてみたいと思っていました。
この仕事を始めてみて、まず最初に感じたのは、「ああ、自分の父親や母親がいっぱいいるなあ」ということでした。親不孝だったもので、これからは親孝行をする気持ちでやっていきたいなと思いました。
お年寄りは、何といっても人生の先輩です。言葉遣いには気をつけなくてはいけないなといつも考えています。意図していたのとは違う意味で伝わってしまうこともあります。ゆっくりと落ち着いてお話しをするように気をつけています。コミュニケーションが足りないと誤解を招くこともありますし、お年寄りも淋しい思いをなさると思います。毎日を楽しく過ごし、楽しく帰れるように、送り出してあげたいのです。
自分は結構声が大きいのですが、お年寄りは耳が遠いという先入観があったのか、働き始めて間もない頃に、耳の悪くない方につい大声で話しかけてしまったことがありました。それ以来、注意するようにしています。そんなことがないようにするためにも、コミュニケーションは大切にしたいと思います。
誰とでも互いに「ありがとう」という言葉が自然と出てくる、心の通いあう和やかな環境づくりに努める
車椅子だったり、足腰に不安があったりするお年寄りの、送迎車への乗り降りのお手伝い。丁寧でこまやかな配慮が求められる
この歳で福祉の仕事を始めるのは、体力的にも心配はありましたが、いざ始めてみると、それぞれの年代でできることはあるんだな、と感じました。
例えば、利用者の方は80歳代くらいで、自分の親と同世代です。戦争体験のように、自分が親から聞かされてきたことを共有できて、話ができるんです。そうすると利用者の方も嬉しそうな顔をしてくださる。母親が歌っていた歌も、利用者の記憶と重なっていて、自分も一緒に歌える。この年代なりにできることを見つけることができました。
これは、忙しい中でも、安心して働きやすい環境を周囲のスタッフが作り、自然体でフォローしてくださるおかげです。体力面でまだ疲れが深刻でないのも、周りの心配りのおかげだと思います。本当にありがたいことです。だから自分も、早くそうやって周囲の役に立てるようにならなくてはいけないなと思うんです。
以前の仕事でも楽しさはありましたが、この仕事ではそれとはまた違って、とても嬉しい気持ちになれるんですね。うまく言えないのですが、例えば、送迎の際に手が自然と触れ合ったりした時に「あなた、あったかいねえ」なんて利用者の方から言われると、それだけで嬉しくなってしまうんです。単純なことですが、そんなところで充実感を感じています。
ヘルパー2級の資格は持っているのですが、今後はさらに介護福祉士なども取得したいと考えています。ここで経験を積んでチャレンジしたい。何事も「もう遅い」ということはないと思っていますから。施設では勉強のバックアップもしてくれています。
これからも長く、この仕事に関わっていきたいと思います。実は、ゆくゆくは父の故郷に戻って、小さくてもいいから介護事業所のようなものを自分で作って、やっていきたいというのが、最終的な目標なんです。そのためにはもっと現場を知らなくてはいけません。まだまだ頑張るつもりです。

求人募集の文字だけを見ていても、仕事については想像しかできません。一度でいいので現場に足を運んでみて、自分の目と耳で確かめてもらうのが、やっぱり一番いいでしょう。自分も何度も見学をしましたし、今も見学者は頻繁にいらっしゃいます。施設としてもきちんと対応してくれます。何事もそうでしょうが、来てみて初めてわかることもあります。仕事選びは一生を決める大切なことですし、そのためには私のように働きやすく良い施設を探すことです。ともかく見に来てほしいと思います。
